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■091 カレーショップの娘(こ) 2002/09/24

 男がいた。目を細めてにぃっと笑う、どこか人をくったような男だ。髪はボサボサで格好は無頓着。煙草を咥えてはぼぅっとしているような男だった。

 男はカレーショップによく行った。目的の半分は勿論カレーを食うことなのだが、もう半分はバイトの女の娘だった。
 女の娘は特別美人という訳でもなかった。ただ、笑顔とよくとおる声がとても魅力的な女の娘だった。


 暫く通ううちに、女の娘のほうでも男を見分けてくれるようになった。男の勝手な解釈かもしれないけれど、ほんの些細なこと――少なくなったコップの水を真っ先に注いでくれるといったような――が自分に向けてもらえているようでなんだか嬉しかった。
 男はカレーを食いながら女の娘を眺め、「嗚呼、倖せだなぁ。」と馬鹿なことを感じてたりしていた。





 男の価値観は酷く変だった。どうでもいいような些細なことでものすごく幸せを感じる一方で、どうしようもない喪失感を常に抱いているような。そんな心情に囚われた男であった。

 ある日、いつものようにカレーショップに行った男はお目当ての女の娘がいないことに少し落胆を覚えながらもいつものようにカレーを食べていた。カレーを食べ終わり、席を立つ。「ご馳走様。」
 店を出て、飯を食った満腹感に些細な幸せを抱いていた男は「あー、今日はあの娘いなかったなー」と思いながらも、前から歩いてくる女性があの娘だったらなぁ、なんて思っていた。

 すれ違い様、ちらりと女性の方を見る。その人をくったような眼が見開かれた。驚愕だ。目の前の女性も驚きの表情を浮かべている。
 あの娘だ。あっ、と思ったときには足は止まらない。すれ違ってしまう。かろうじて会釈。向こうにも通じたようだった。

 ははは、と男が笑った。口を開き、煙草を咥え、「いやぁ、僕ぁ倖せだなぁ」
 さも嬉しそうに男が笑う。心に充足感が満ち溢れる。人のいない深夜の商店街をひとり歩きながら、男は『倖せだ』と心の底から感じていた。





 男はカレーショップに行った。あの娘のいないカレーショップ。でも今日は予定どおり。そして、あの偶然すれ違ったタイミングを見計らったように店を出る。「ご馳走様。」
 胸の高鳴りを隠しながら店の外へ。そして見計らった偶然を。
 目の前からはあの娘。いつもの何倍もの速度の鼓動を感じながら平静を装い、一言。「今晩は。」

 女の娘もちょっと照れたように「こんばんは。」男の好きな、あの娘の笑顔と気持ちいい声だった。
 「こうして君と話してみたかった。カウンター越しじゃなくて。」顔を赤くしながらも話す男。
 「あ・・・ありがとうございます・・・」照れたような、ちょっと困ったような女の娘。
 「ほんの少しだけ立ち話、いいかな。」男が言うと女の娘は軽く頷いた。顔がちょっと赤い。


 人通りの少ない深夜の商店街。男と女の娘は互いに目線を合わせず、それでも顔のあたりを見ながら話し始めた。
 「あのカレーショップに君が居て、君に出会えて本当に倖せを感じているのです。」そんな柄にもない台詞を口に出してみた。流石に目を見て言える程場数は踏んでいない。
 「わ・・・私も、店に行くたびに貴方が来るのかと心待ちにしているんです。」
 そう言った女の娘と目があった。鼓動がどんどん早くなる。こういう状況はアレなんじゃなかろうか。男の思考はどんどん回転を早める。女の娘が『そういう』シチュエーションになりそうだったその時。
 「ま、待ってくれ。」意外にも男は『それ』を止めてしまった。

 「・・・え?」女の娘が顔を真っ赤に染める。何か勘違いでもしていたのだろうかと。酷く恥ずかしそうであった。
 「そうじゃない、そうじゃないんだ。俺も同じような気持ちなんだ。でも、君なら分かるだろ。」
 「?」分からない、といった表情の女の娘。
 「・・・俺が何を食ってきたか。」ちょっと憮然とした表情で男が言った。

 「ぷっ・・・あははは」女の娘が笑う。「そうですね、いつものカツカレーですね。」目の端に涙を浮かべ、思いっきり笑って女の娘が言った。
 男も笑った。「だからさ。」「また俺が食べに言った時に、いつものように笑っていて『いらっしゃいませ』って言ってくれればいい。我侭な話だけどね。」





 男がいた。カツカレーと、可愛い女の娘が目当ての男だった。
 男は今日もカレーショップに行く。きっとそこにはあの娘がいるのだ。そして男の大好きな笑顔で、大好きな声で、ちょっとウィンクなんて入れながら彼女は言うのだ。
 「いらっしゃいませー」
 そしてカツカレーを食いながら、女の娘を眺めて思うのだ。『倖せだなぁ』



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